大判例

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東京高等裁判所 昭和60年(う)1689号 判決

被告人 劉弘明

〔抄 録〕

所論は、要するに、被告人が所携の鉄棒でバスの運転席背部シートを叩いたのは、被害者大石巌に対する暴行行為の一部とみるべきものであって脅迫にはあたらず、仮にそれが脅迫にあたるとしても、先行する暴行の被害者と同一被害者を同一意思の発現のもとに時間的場所的に接着して脅迫したものであるから、これらを包括して一罪とすべきであるのに、原判決が被告人には暴行罪のほか脅迫罪が成立し両者が併合罪の関係にあるとしたのは、事実を誤認し法令の適用を誤ったものである、というのである。

そこで、所論にかんがみ、原審記録を精査して検討するに、原判決の挙示する関係諸証拠によれば、被告人は、普通貨物自動車(ジープ)を運転して走行中、自車と相前後して走行した大型乗用自動車(川崎市営の路線バス)の運転手である大石巌の運転態度に腹を立て、川崎市中原区中丸子四一三番地先の交差点(以下第一現場という)に差しかかり、信号に従い停止した際、被告人車に続いて停止した路線バスの右大石に対し、「この野郎、もたもた走りやがって」などと申し向けて、運転席の窓の外から同人のネクタイを引張る暴行を加え、更に右第一現場から約二〇〇メートル先の同市同区中丸子四六一番地先の交差点(以下第二現場という)に差しかかり、再び信号に従って停止した際(路線バスも被告人車の後方に他の車両一台を間に置いて停止した)、またも右大石に対し、運転席の窓の外から帽子を投げつけたうえ、法被で同人の肩部を殴打する暴行を加えたが、その際右大石から「交番に行こう」などと言われたことに一層腹を立て、自車に立戻りその荷台から鉄棒一本(長さ約一・五メートル、直径約〇・五センチメートル)を持ち出し、これを手にして右路線バスの運転席に近付いたところ、これを見た大石が身の危険を感じ運転席を離れて後部客席の方に退避するや、やにわに前同様運転席の窓の外から右鉄棒で運転席背部シートを二、三回叩いたりしたことが認められる。そうすると、被告人が鉄棒で運転席背部シートを叩いたのは直接人の身体に向けられた有形力の行使とは認められないから、所論のようにこれを被害者に対する暴行行為の一部であるということはできない。しかし、その際、被告人において被害者に対しなんらかの言辞を用いて明示的に害悪を加うべきことを告知したと認めるに足りる的確な証拠は存在しないものの、被告人は、前示のように、人を殺傷するに足りる用法上の凶器を振い、被害者に向ける意図のもとに、同人がその直前まで坐っていた運転席の背部シートを右凶器で叩いたのであって、その行為の手段・態様や当時の周囲の状況など具体的事情を考慮してこれを客観的に考察すれば、被告人のこのような行為は、更に被害者の身体のみならず、生命に対してさえも害を加うべきことを暗に示したものと認めるに十分であり、もとよりそれは一般に相手方をして畏怖させるに足りるものと解されるから、明示的な害悪の告知を伴わなかったとしても、それが脅迫にあたることは明らかといわなければならない。そして、右の脅迫行為は、第一現場と第二現場の二度にわたる暴行後に、前記のような被害者の対応を契機として、更にそれ以上の害悪を被害者に加える意図を生じ、これに基づき新たに別個の法益侵害に出たものであるから、たとえそれが先行する第二現場の暴行行為に引き続きこれと同一場所で行われたとしても、暴行罪のほかにこれとは別個の脅迫罪が成立し、両者は併合罪の関係に立つものと解すべきである。

(寺澤 片岡 小圷)

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